ハワイ島での2年間マッサージ留学を経て海辺のボディセラピーサロン・モアナブルーを営んで11年目。
人生の旅人ばななんこと西村祐子のこころとからだ、揺れ動く毎日のつれづれごと
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腎臓に隠してブロックしていた恐怖という感情ー内臓デトックスマッサージ初回のことその2
前のエントリーの続きです)

「次のポイントは腎臓です。対応する感情は、Fear(恐れ)。」
そう言われてキドニーポイントを吐く息と共にガツーンと押さえつけられる。い、い、息が出来ない!硬い!苦しい!痛い!!!!なのに、吐く息ごとにどんどん指が深くなって奥に入り込んでくる。

・・・いったい全体なにを私はここに溜め込んでいたんだ?恐れ?恐れって何?恐い??何をそんなに怖がっているの?痛くて辛くて、顔を歪めて手を緩めてもらえるかと思って密かにPRしてみたけど、全然その気配なし。ますますもって、息を吸ってー吐いてー「シューーーー」とか言いながら、そのポイントをグリグリやられる。ううううう…辛い・・・・。

痛みからなのか、それとも自分がそんなにまで何かを怖がって溜め込んでこんなになるまで放っておいた・・・その事実がわかって驚いてショックからなのかわからないけど、ツツツーと右目から涙が出てきた。

やっと、そのポイントが終わったと思ってホッとしたら、なんと左の腎臓のポイントに行きますとか言うではないか!なんですって?またやるの?あれを??しかも、自分でもわかってるんだけど、右よりも左のほうが全体的にお腹の張りが大きいのだ。より痛いんじゃないの???そのときほど腎臓が二個あることを恨んだことはない(笑)。

左の腎臓ポイントもまた、めっちゃくちゃ痛くて、でも、痛みでほとんど朦朧とした意識の中で、この痛みと関連するらしい恐れ、という感情について意識を向けていた。こわい?何を怖れてたんだ??

そう意識を向けたときに、ああそうか、わたしはあるタイミングで、「怖い」という感情そのものを封印したんだ、ということに気づいたのだった。

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少し話がずれるけど、実は数年前、ちょっとしたきっかけで、自分にはあるときから封印してしまったものがあったことに気づいた。それは、自分の声。
いつもみんなと話してるときの、通常今使ってる声よりもワントーン高い声の調子。

数年前、ふとした拍子にその声が復活して、「あっ」と気づいたのだった。私、この声のトーン、使ってなかった・・・ってことを。封印しようとか思ったわけじゃない、たまたまそうなってしまっただけなのだけれども、でも、どこか自分の中のルールで、その声は使ってはいけないことに勝手になってしまったんだと思う。

その声を出さなくなるのと、おそらく「人に頼っちゃいけない、なんでも自分でやらなくちゃ」っていう、頼るとか甘えるっていうこととは、間違いなく関連があるーーふとしたきっかけでその声を出したあと、自分自身で気づいたことだった。

この、人に頼るっていうテーマは結構前から自分の課題だという認識があって、だから今はずいぶん昔よりは人に頼ったり甘えたりということが、少しずつできるようになってきているとは思う。けど、まだたぶん、遠慮とか、特定の人にだけビクビクするとか、そういうことがあるのかな。今もその声のトーンは、出そうと思ってもほとんど出てくることはない、ということは、たぶんやはりまだそこに課題が残されてる、ということなのだろう。

「甘える」「頼る」「人を信頼する」ということと「自分の考えを押し付ける」「エゴ」というのとは、全然違うけど、でもすごく隣り合わせのような関係で、わたしはまだ、何かを怖がって、おそらくそこに踏み込めないでいるのだ。


そう、そしてー恐れ。
わたしは、あるときから「怖い」という感情を、その言葉を、感じてはいけないものとして、認識していたのかもしれないと気づいた。

強烈な痛みの中で、私が思い出したのは、まだハタチになるかならないかの頃の昔のある出来事のことだった。そのとき何が起こったか?それはいったいぜんたい何を意味していたのか?私には、正確に記述する筆力もなければ、おそらく正確にその事実を記したとしても、半分以上の人は信じないか、映画の世界だとかよしもとばななの小説のようなおとぎ話みたいな話にしか思えないだろうから、ここに敢えて書くつもりはない。

とにかくでも、わたしは、その事件があったとき、「怖い」と思わないようにしたのだった。たぶんその頃、こわいというその感情を持ってしまったら、取り返しのつかないことになるーーような気がしていた。怖いという感情だけでなく、おそらくその他の喜怒哀楽全ての感情を、カメラのピントをわざとボケさせるように、少しその解像度を落としたというか、自分の強過ぎる感受性をそこでコントロールすることを覚えたのだと思う。

でも、あのときわたし、本当は怖かったんだな・・・・めちゃめちゃ怖かったんだな・・・そりゃそうだよね、こわいよね、こわいに決まってる。普通に考えて怖いことだ。でも、そう思っちゃいけないと思ってたんだな。そしてそれが、たぶん今まで、もうそんな感情の封印なんてしなくても、全然何の問題もないはずの今までずっとずっと、持ち続けてたんだな・・・・。でもそれを言っちゃいけないと思って、この腎臓ちゃんに隠してたんだな・・・。しかもその頃、誰にもその事件について口外できなかった事情があった。全部ひとりで抱え込まなくてはいけない状況だったんだ。その頃起こった全てのことを、わたしはひとりで抱えて、誰にも言えず、怖いとも言えず、戦っていたんだ・・・。

そのきっかけとなった出来事のあとのことに関しては、(ーその後、自分の精神状態はさらに抑圧されたひどい状況になった)結構な時間をかけて、見つめて乗り越えてきたつもりだったんだけど、そのキッカケとなった出来事については、あまり思い出すこともなかったのだった。今思うと、思い出す、ということすら封印していたのかもしれない。



腎臓以外にも、いろいろツッコミどころ満載のお腹だったのだけれども、長くなるのでそこは割愛することにして、とにかく、恐れ、というのが私の課題だ、ということがよおくわかったのが初回の内臓デトックスマッサージ体験だった。

おへその周りの脾臓のポイントもまた、痛すぎて拷問だった。(ちなみに脾臓の感情関連は「悲しみ」)最後のほうだったので、涙はもう出っぱなしになっていた。息も絶え絶え、ひたすら早く終わるのを待つ、というような状況だった。終わったあとも、しばし放心状態。着替えてお茶を飲んでいても涙はずっと流れ続けていた。

各内臓のポイントを刺激することで、そこに隠された感情のブロックを外す、というのがこのマッサージのあり方。わたしの腎臓のブロックは、たぶんその痛みとともに、とりあえず「門は開いた」のだろう。たまーーにしか開けられないように、内側からかなり強くロックをしていたがために、かなり強い力でこじ開けないと、開かない仕組みになっているのだろうと思う。痛みは、ある種の「抵抗」なのだろう。自分の顕在意識では、「そんなブロックとっちまいたい!無駄!」って思ってるんだけど、潜在意識では「これがないと困ります。自分はこれで護られてるんです」って勘違いしてて、強烈に隠そうとするのだろうと思う。



そうやって、人の手を借りて、無理矢理開けたそのゲート。
なみちゃんにセッションのあと、「怖いって言ってみたら?」って冗談ぽく言われても、単に言葉だけをセリフのように言うなら何の問題もないけど、そのゲートが開いた状態で、感情を込めて言おうとすると、「いやいや、無理無理・・・」ってなった。うーん、これはどうやら根が深い・・・。

でも、どうしても私ももう少し、なんとか外れてくれないかなーと思ったから、夜ベッドの中で、その「恐怖」「怖い」ってことについて思いを馳せてみた。怖いという感情を封印するキッカケとなった、その頃のことを。

おそるおそる「こわいよ〜怖かったよー・・・」と、その頃の状況と感情を思いだしながら感じてみたのだった。そしたら、ものすごい勢いで、その恐怖の感情が降りかかってきた。そして、あまりの怖さにほんとうにカラダがガタガタと震え出してきてしまった。更に思わず「わあああーっ」て声すらあげてしまいそうになって、プチパニックみたいになってしまった。

うわっヤバい!こりゃまずい!!!このひとりヒプノセラピー(催眠療法)みたいなのは、刺激がまだ強すぎる!と思って、意識をすぐに現実に戻した。ちょっと危険だから、じっくり行こう、じっくり、という方針がそこで決まったのだった。


各臓器のブロックが外れるのにどのくらい時間がかかるのか?それは、誰にもわからない。おそらく施術者側の問題ではなく、受け手側のそこへの取り組み方にもよるのだろうと思う。わたしはまだまだ、今の段階では、「とりあえずゲートは開いたから、あとはどうにかなんとかしたい!」みたいなところかな。

でも、この10日でクラスでも実習でボディやったし、セッションも先生のもあわせて3回受けた。だんだん痛みにも少しずつ耐えらられるようになってきた、というか少しずつブロックも外れつつあるのだろう。

内臓だけじゃなく、筋肉にも同じように隠された感情があって、いろいろ繋がってるよなあ〜という思いが強くなったのが今回の体験だった。そのことに関してはいろいろ自分という器で人体実験(笑)を繰り返してみて、思ったことをブログにまた今後も書いてみようと思っている。自分のからだの不調やこころとの関連性を見つめていくことで、きっと今後のセッションのヒントにもなるし、もちろん自分自身にもそれはとても大事なことだから。

少しずつ少しずつ、確実に。
とにかく、今、やれることは全部やった。難関だったけど、逃げずに向き合ったと思う。

その結果が今後どんなかたちで動いてくるのか、今の段階ではまったくわからないけれど、きっと、悪いほうには動かないだろう、ということだけはわかる。一時的に負の感情がいっぱい出てくるだろうから、そこは自分でも理解しておかなくてはならないけれど、今はそんなネガティブな、いつもならからだの奥底に隠してあるその感情がおもてに出てくることすら、素晴らしいことだと理解しなければ。

お正月早々、チェンマイに行けてよかった。行くべきタイミングで、ちゃんとそのチャンスはやってきた。帰国したら、極寒とすっかり忘れてる数々の仕事が待っているけれど、少しだけまた、新しい気持ちで取り組めるのかなって思う。






相変わらずの美しい写真の数々とともに
濃い内容のブログシェアありがとう(^o^)

気づいてない、でも抱え込んでる感情かあ。
手放していきたいなあ、私も。
こん盛りタップリありそうに思えるわ~
ヤダわ~(^。^;)(笑)

今しばらくは冬眠中ゆえ(なぜだか
動かない期間っぽい)それを抜けたら
また、おじゃましたいです☆
そんときゃヨロシクねっ(^^)/
§あすか§ | 2013/01/21 12:44
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